【怪談】展望台
こんばんは、山根こね子です。
これは、私が小学生の時に体験した話です。
私の住む街には小さな山があり、その麓に「Y公園」という大きな公園がありました。
私の学校では毎年1回、学級レクリエーションというものがあり、クラス単位で催し物を決めて、夏休みに実施するイベントがありました。
小学校4年生くらいまでは、ビンゴ大会やドッヂボール大会、縁日など内容的に軽めのものが主流でしたが、高学年になるとキャンプをするクラスが多かったと思います。
私が小学校5年生だったときのクラスも例に漏れず、キャンプをすることになりました。
Y公園はキャンプ場や炊事場が整備されており、アスレチックも併設されていることから、そこで開催することに決まりました。
当日はお昼頃集合し、軽いゲームをしたあと、買い出し組と火おこし組に分かれて準備を進めてBBQを楽しみました。
給食以外にクラスの友人たちと食事をする機会などほとんどないので、みんなとても楽しそうにしていたことを覚えています。
食後に花火をする予定でしたが、日が落ちるまでまだ時間があるということで1時間半ほど自由時間となりました。
私は友人のAちゃんとBちゃんと何をしようか話をしていると、クラスのリーダー的存在のCくんが
「展望台行くひと〜!」
と、仲間を募る声が聞こえてきました。
Y公園の後ろにそびえ立つ小さな山は、登山道が整備されており頂上までは徒歩で20〜30分ほど。
そこには20メートルほどの展望台がシンボルとして存在し、学校からスタートしてゴールの展望台へと向かうのが遠足でのお決まりのコースでした。
日が暮れるまではまだまだ時間がありそうだし、見知った道。40分もあれば戻って来られます。
暇だし行ってみようかという話になり、私たち3人はCくんの誘いにのり、展望台へ向かうことにしました。
30人クラスのうちの10名ほどが参加したと思います。何かあると大変だからと副担任の女性教師もついて来てくれました。
道中、右手にはお寺があり、その先にはお地蔵様が道沿いにズラリと並び、数える度に数が変わるなどという噂はありましたが、私は遠足のときはいつもお地蔵様を数えながら歩いており、毎回同じ数だったので、それはただの噂に過ぎないなと思っていました。
半分ほど登ったところに、小さな小屋がありました。
その前を通る時、Cくんが
「ここって昔、男の子が閉じ込められて中で死んだらしいよ」
そんな話をし始めました。
「そんな話聞いたことない」
「怖いからやめて」
チラリと顔を覗くと、怖がる仲間の姿にCくんはニヤリと満足そうに笑顔を見せていました。
あぁ嘘なんだな。意地悪いやつ。
そう思いながら頂上へとひたすら足を進めました。
ようやく頂上に到着し、さらに展望台の最上階へと階段を上りました。
展望台からは街が一望でき、夕焼けでオレンジ色に染まった街がとても綺麗でした。
展望台には特に面白いものもないので、一通り景色を見たところでそろそろ下山しようということになりました。
展望台を背に登山道へ足を踏み入れたところで、ドサッという音が背後から聞こえました。
振り返ると、Cくんがジッと展望台の方を見つめている。
「どうした?」
そう友人の1人が尋ねると、
「女の人が落ちてきた。たぶんKのお母さんだっだと思う」
そんなことを言い始めました。
Kくんはクラスで一番頭の良い子でしたが、お母さんは精神的な病気を抱えており、参観日や運動会にはいつもおばあちゃんが来ていました。
先生が急いで展望台に駆け寄りぐるりと一周したが、人どころがもの一つ落ちていなかったとのこと。
先程のこともあったので、自分が注目を浴びるために人を使ってまで悪い嘘をつくのかと、私はCくんに幻滅しました。
「大丈夫大丈夫、きっと気のせいでしょう。早く下山して花火の準備しよう!」
先生はそう言い、気を紛らすためにみんなで「さんぽ」を歌いながら下山しました。
無事、日が完全に落ちる前に下山することができ、花火を済ませてそれぞれテントで眠りにつきました。
それから数ヶ月後
Kくんが珍しく学校を休みました。
朝の会で、Kくんのお母さんが亡くなられたことがクラスメイトに告げられました。
死因は飛び降り自殺。
場所はY公園の展望台から。
あのときCくんが見たのは気のせいなんかではなかったのか、偶然の一致だったのか。
その事故以来、展望台は封鎖され、上ることはできなくなりました。
錆びつき朽ちた状態で山の頂上に今もポツンと佇んでいます。